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ありふれた田園風景から考える。人は田畑をつくり、田畑は人をつくってきた

少しずつ減っている田園風景

田んぼと畑、その向こうに低い山々が連なる。地方では今なお、目の前に広がる日常的な、何てない、ただのありふれた景色。

一方で、あらゆる利便性と、あらゆる分野の最先端を凝縮した都市部では、ほとんど見ることのできない風景。都会派?田舎派?なんて議論されがちだけれど、そんなことは抜きにして、この田園風景に妙に癒されるのは確かで、おそらくは多くの人が、そうであると勝手に思っているけど….どうなのでしょう。昼間はあんなに穏やかなのに、夜になると少し震えそうなほど暗い。その振れ幅も含めて、やはりどこか惹かれるし、なんせ妙に落ち着く。

地方にいれば、この風景がいつまでも残るわけではなく。今回はそんなことを少しだけ深掘ってみた。

日本の基幹的農業従事者は、2000年の240万人から2024年には1114千人へ、約20年間で半分以下になっています。平均年齢は69.2歳。2025年の調査では、個人経営体の基幹的農業従事者が1021千人となり、わずか5年間で25.1%減少。全国の耕地面積も、2025年までの1年間で33千ヘクタール減少(東京ドーム7000個分に相当するらしい)しました。当然、田畑は、ある日突然なくなるのではなくて、耕す人が減り、荒れたり、別の用途へ転用されたり、少しずつ風景から消えていってしまう。昨今で最もわかりやすい例だと、太陽光パネルでしょうか。自身が地方暮らしなのもあって、太陽光パネルに置き換わっていく山や田畑を日々、目の当たりにする機会が多く、言葉にできない喪失感を覚えます。これは、太陽光発電の是非を語りたいわけではないです。農業と発電を両立させる仕組みもあり、それによって支えられる営みもある。それでも、土や草木がつくっていた完美な丸みを感じる風景が、黒く均一な人工物へ変わっていくのを見ると悲しくなる…。

直感的に美しいと思えない自分がいるけど、論理的にその理由を説明はできない。

田畑から始まった、人類社会の進化論

人類は長いあいだ、動物を狩り、木の実や植物を採りながら移動してきましたよね。およそ12000年前から、世界の複数の地域で植物の栽培や動物の家畜化が始まります。農耕より前に、定住的な生活を始めた集団も確認されているので、「農耕が始まったゆえに定住した」と単純には言い切れないのですが、それでも農耕が定住を広げ、その暮らしを固定していったことは確か!種をまけば、当然、収穫までその土地を離れられないですよね。水を引き、作物を守り、収穫した食料を蓄える。人は土地に留まり、家を建て、集落をつくり、食料を安定して生産できるようになると、人口も増えていく。

そして同時に生まれた問題が、「誰がこの土地を使うのか」「蓄えた穀物を誰が管理するのか」のようなことだと考えられます。土地や食料が蓄積できる財産になり、その分配を管理する人が現れる。富の差、階級、権力、徴税、軍事。もちろん農耕だけが国家を生んだわけではないけれど、それでも、保存して数えることのできる穀物と土地は、大きな社会を組織し、統治するための重要な土台になりました。穏やかな田園風景の下には、村や所有、貧富、権力、そして国家へと続く、人類社会の「進化論」が埋まっている。

すべては、影響を受け合っている

特に水田稲作は、一人では成り立ちにくい。田に水を引き、水路を維持し、田植えや収穫の時期を周辺と合わせる。上流だけが水を使えば、下流には届かないし、誰かが作業を怠れば、周囲の田にも影響が出ます。水と労働を融通しながら、ときには揉めることもあっただろうし、それでも協力して生きていかなければならない環境だったはず。共同体であることが、単なる仲良しの集まりではなく、飢えずに生きのびるための現実的な仕組みだったのかもしれない。

この労働構造が、人々の考え方にまで影響したのではないかという「Rice Theory」と呼ばれる仮説があります。

2014年に学術誌『Science』で発表された研究では、中国の稲作地域と麦作地域の人々を比較した結果、稲作地域では相互依存的で関係性を重視する思考が、麦作地域では独立的で分析的な思考が、やや強く見られたといいます。もちろん、米を食べる人は集団主義、麦を食べる人は個人主義、という単純な話ではないです。この研究には反論や再検証もあり、農業だけで文化の違いを説明することはできないですが、興味深いのは、作物そのものではなく、それを育てるために必要だった人間関係に目を向けていることだと思います。

水田稲作は、共同の水路と細かな水の管理、多くの労働を必要とする。一方、麦作は雨水を利用することが多く、水田ほど隣人との継続的な調整を必要としない。その違いが、長い時間をかけて地域の文化や思考の傾向に影響した可能性があるという。
Science「Large-Scale Psychological Differences Within China Explained by Rice Versus Wheat Agriculture

育てる作物が違えば、必要となる協力のかたちも変わる。何世代にもわたって繰り返されてきた働き方が、やがて人と人との距離感や、ものの考え方にまで染み込んでいったのかもしれない。そこに関しては意外と簡単に納得できるなぁと思っていて。というのも、現代というリアルな世界でも日々感じませんか!?人はどうしたって環境に影響を受ける。どこで、誰と、どのように生きるのか。それさえも自分の意思だけで選んでいるように見えて、私たちは思っている以上に環境に依存しながら形づくられている。これは重要な視点で、環境依存する生き物だと理解している人と、していない人では明らかに寛容度が違う。

話がスライドしてきたので元に戻そう…

人が定住し、食料を蓄えられるようになったことは、文明にとって大きな転換点だったのです。蓄えが共同体を支えることで、社会の一部の人々は、常に食料を得るためだけに動く必要がなくなった。そこで生まれたのが時間、「余暇」ということです。個人的な余暇というよりは社会全体の余白と言っていいのかもしれない。道具を改良する人、自然を観察する人、祈りを担う人、物語や形を生み出す人。それぞれの役割に時間を費やせるようになり、分業と専門化が進んでいきました。

そうして共同体が大きくなるにつれ、技術、科学、宗教、アートも社会と深く結びつきながら発展していきます。より多く収穫するために農具や水路をつくり、これが技術になっていく。季節や天候を知るために太陽、月、星を観察するようになると、暦や天文学が育っていく。雨や豊作を祈り、収穫への感謝を共有する=宗教や祭祀が共同体をまとめるようになります。そして人間は、目に見えない神や物語、願いを歌や踊り、文様や造形として表した。そこにアートがあります。

どれか一つが先頭を走り、他が後ろからついてきたわけではないのです。科学が新しい知識を生み、知識が技術になり、技術が暮らしと社会を変える。変わった社会から新しい願いや問題が生まれ、宗教や思想、アートがそれを捉え直す。そして新しい表現や価値観が、再び技術や社会を動かしていく。

オムロンが1970年に発表した「SINIC理論」も、科学・技術・社会を一方向の進歩ではなく、互いに影響を与えながら発展する循環として捉えていますよね。循環は、まったく同じ場所へ戻る円ではないです。新しい技術が新しい表現を生み、表現が人間の世界の見方を変える。変わった世界の見方が、また次の技術や社会を生み出していく。
OMRON「SINIC理論」

ここで、敬愛するアート集団、チームラボの代表、猪子寿之さんの言葉を少し借りたい。デジタル技術は新しい表現方法だけでなく、新しい思想や価値を生み、それがまた社会を変えていく。そして世界は、一つひとつのものが切り離されて存在しているのではなく、おびただしい連鎖のなかで互いに影響し合い、連続している。まさに、科学、技術、社会、宗教、アートがそれですよね。どれか一つが単独で進化してきたのではなく、互いに影響を与え、境界を越えては、何度も混ざり合いながら、螺旋状に進んできた。どれが欠けても、今の世界にはたどり着かなかったし、私たちも存在していません。

これからも、ありふれた風景のままでありますように

春に種をまき、夏に育て、秋に収穫し、その恵みに感謝する。かつて人々は、恵みを与え、ときに容赦なく奪う自然に対する畏怖の念がありました。実りを祈り、収穫に感謝したのも、人の力だけではどうにもならないことを知っていたからです。技術が進歩した現代では、自然さえ管理し、支配できるような気になってしまいがちですが、私たちは決して季節や天候の影響から完全に自由になってなどいないですよね。どれほど技術が進んでも、食べ物は土と水と光のなかで育ち(今のところ)、その命を受け取ることで私たちは生きている。

こうした自然との関りは、特定の土地や宗教だけのものではなく、世界各地で形を変えながら、長い時間をかけて受け継がれてきました。目の前に広がる田園風景は、ただの懐かしい景色ではなくて、もっと根源的なものだと思っています。人が土地に留まり、自然を観察し、道具をつくり、祈り、争い、協力しながら生きてきた痕跡であり、その営みは形を変えながら今も静かに続いている(かろうじて…と言ってもいいのかもしれません)。都市がどれほど進化しても、技術がどれほど高度になっても、人が求めるものは案外、変わっていないのかもしれない。

飢えずに生きのびること。

誰かと生きること。

そして何より、安心して生きること。

そのために人は土地を耕し、水を分け合い、協力しながら長い時間をかけてこの風景をつくってきた。だけど今、社会の変容はあまりにも速いです。何千年、いや何万年もかけて積み重ねてきた営みが、これでもかってぐらい、わずかな時間で別のものへと置き換わっていく…。変化を否定したいわけでは決してなくて、ただ、失ってから「懐かしむだけの風景」にはなってほしくないなぁなんて、ひとりで思いにふけりながら….

ありふれた田園風景が、これからも“ありふれたまま”でありますように。

この記事を書いた人

駒田商店

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